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”霧社に桜を”日台文化交流・友好の桜植樹式典に参加してきました

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”霧社に桜を”日台文化交流・友好の桜植樹式典に参加してきました

霧社(むしゃ)は、台湾中部の山奥の街。

日本統治時代の1930年(昭和5年)に、原住民による抗日暴動事件が発生しました。

これを霧社事件と言います。

日本人・原住民双方に多くの犠牲者を出した悲惨な事件です。

事件については記事後半で詳しく紹介します。

日本統治時代、霧社の街には、桜の樹が街全体にありました。

「その美しい風景を甦らせよう、そして、恩讐を越えて日台の友好が更に深い絆になるように」と計画されたのが、この“霧社に桜を”プロジェクト。

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霧社に桜をプロジェクト

霧社に桜を

霧社に桜を

式典の様子

式典の様子

参加者は、

  • ウェイ・ダーション(映画「セデック・バレ」監督)
  • 小渕優子(衆議院議員)
  • 海部俊樹(元内閣総理大臣)
  • 小泉進次郎(衆議院議員)
  • 一青妙(女優)
  • 森喜朗(元内閣総理大臣)

〔順不同・敬称略〕

など、そうそうたるメンバー。

よく山奥の霧社までこれだけの人たちを招待できたなぁ、と感心しきり。

関係者によると、今後、毎年100本の苗木を送り続けるとのことです。

そして、植樹から5年後には、満開の桜を見ることができるであろうとのことです。

セデック族の代表者達とイベントの関係者が植樹を行っている様子

セデック族の代表者達とイベントの関係者が植樹を行っている様子

原住民セデック族の方たち。赤い織物はセデック族の象徴です

原住民セデック族の方たち。赤い織物はセデック族の象徴です

日本時代の霧社の様子。

日本統治時代の様子

日本統治時代の様子/片倉佳史

以前は、このような大きな桜の木がありました。

しかし、日本の統治終了後、国民党軍が中国から台湾にやってきてから、日本時代のものは壊されることが多かったのです。

桜の木も日本の象徴ということで、霧社の桜も伐採されてしまいました。

桜並木が完成したころには、ぜひ皆様も霧社を訪れてみてください。

これをきっかけに、日台の絆が更に強くなることを願っています。

霧社事件(むしゃじけん)とは?

1930年(昭和5年)10月に、原住民による抗日暴動が発生。

日本統治時代後期における最大規模の抗日暴動事件です。

これを霧社事件と言います。

日本の統治に不満を持つ台湾原住民により、日本人約140人が殺害されました。

それに対し、日本側は近代兵器を用いて暴動部族を制圧し、700人ほどの暴徒が死亡、もしくは自殺しました。

それを題材にした映画が、ウェイ・ダーション(魏徳聖)が監督した『セデック・バレ』(賽德克・巴萊)。

『KANO』のような素晴らしい話があった一方で、霧社事件のような悲しい事件もあったのです。

セデック・バレ

写真/セデック・バレ

映画「セデック・バレ」は前後編あわせて4時間30分、台湾史上最高額の7億台湾ドルの製作費をかけた大作です。

抗日事件を題材にしながらも、反日・抗日映画ではないこの映画、是非皆様も機会があればご覧ください。

霧社事件紀念公園

霧社事件紀念公園

事件を率いたセデック族マヘボ社の頭目、モーナ・ルダオの記念像

事件を率いたセデック族マヘボ社の頭目、モーナ・ルダオの記念像

まとめ

台湾大好きな日本人のみなさん、台湾と日本の歴史を正しく認識する事が大事ですよ。

日本統治時代に、日本が台湾にした事は、良い事ばかりではありませんからね。

霧社:南投県仁愛郷霧社

霧社までのアクセス:

台湾新幹線台中駅から埔里まで行き、南投客運のバスに乗る。

毎日20往復程と本数が少ないのでタクシーでもいいでしょう。

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