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鳥居、狛犬、日本統治時代の面影が残る高雄忠烈詞

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高雄忠烈詞

高雄の寿山にある高雄忠烈詞。こちらの山は元々「高雄山」と呼ばれていましたが、昭和天皇がこの山に訪れた際に「寿山」と改名され、それ以来この名前をずっと使い続けています。

高雄忠烈詞は元々日本統治時代には高雄神社と呼ばれ、神祭の一人は崇徳天皇でした。この山と日本の天皇とは深い繋がりがあるのです。今は忠烈詞となっていますが、神社だったことを表わす当時の面影が未だ残されています。今回はそんな日本統治時代の隠れた遺跡をご紹介します。

高雄忠烈詞2

写真/林斑斑

台湾の忠烈詞は、戦後中国共産党と戦って中国大陸から渡ってきた中華民国政府が、戦争で亡くなった台湾の兵士を祀るために日本が台湾に建てた護国神社を改装して建てられたもの。

こちらの写真は忠烈詞に向かうまでの道にある鳥居です。

この鳥居は日本統治時代から使われており、忠烈詞という文字や左右の柱に書かれている文字は、後から付けたものです。

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昔と今を比較してみましょう

忠烈詞の前の階段は高雄神社の時代と変わっておりません。神社の時に鳥居があった場所に現在は忠烈詞の門が置かれています。

  • 高雄忠烈詞3

    写真/雄商校友會

  • 高雄忠烈詞4

    写真/The Joker

狛犬は日本統治時代のまま使われています。

  • 高雄忠烈詞

    写真/海外神社写真集

  • 高雄忠烈詞6

    写真/The Joker

忠烈詞に入ると、神社時代と現在とではだいぶ雰囲気が変わっていますが、階段の位置などは変わっていないことがわかります。

  • 高雄忠烈詞7

    写真/高雄市立歴史博物館

  • 高雄忠烈詞8

    写真/林斑斑

”消された日本”も

高雄忠烈詞9

写真/キヌちち

「大東亜戦争完遂祈願」と書かれた灯籠。

この文字は国民党によって一度消されたのですが、今は掘り起こされ文字が見えるようになっています。上には国民党のマークが置かれ、日本統治時代の灯籠をそのまま使っていることが分かります。

日本の面影もありますが、忠烈詞になった現在はこのように中華風の建物がほとんどです。日本では感じられない異国情緒溢れる空間です。

  • 高雄忠烈詞11

    写真/Shirley雪莉

  • 高雄忠烈詞12

    写真/Shirley雪莉

  • 高雄忠烈詞13

    写真/Shirley雪莉

  • 高雄忠烈詞14

    写真/Shirley雪莉

高雄忠烈詞10

写真/Shirley雪莉

忠烈詞は山の上にあるため門からは海が見えとても綺麗です。この門を出ると高雄の街と海が一望出来ます。

ここ高雄忠烈詞以外にも台北、台中、淡水、花蓮など台湾各地にこのような場所が存在します。各地の忠烈詞に行って日本時代の面影を探すのも面白いと思います。

忠烈詞の様子の動画です。

かつて日本の一部だった台湾が、どのように遺跡を保存しているかや、現代の台湾人にかつてのことをどのように語り継いでいるかを知ることができます。ぜひ日本の面影探しの旅、してみませんか。

<高雄忠烈詞行き方>

高雄火車站から壽山動物園行きの56のバスに乗る。忠烈詞で下車。

所要時間は約50分。20分から30分間隔で運行しています。

<バスの運行時間>

火曜日から金曜日08:30-18:00
週末08:30-18:00

夏休み期間(6/28~8/31)・祝日08:30-20:30

※月曜日は運行していませんので、注意して下さい。

最新のバスの情報は港都客運HPで確認出来ます。

高雄忠烈詞:高雄市鼓山區忠義路30號

高雄市鼓山區忠義路30號   
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